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銀砂の子守唄*8*
銀砂の子守唄(レクイエム)





「東の砂漠に現れるという“魔物”を、退治して頂きたいのです―――」
 そう切り出した言葉に、ピクリと一瞬だけ、目の前に座る『ティノ』と名乗った青年は軽く瞼を震わせた。
「『魔物』とは……これはまた、物騒なお話ですね」
「仰る通りですわ」
 相槌を返すように呟くと、カシュラの街唯一の孤児院の院長という立場に就く老婦人は、深く深く嘆息した。
「お言葉の通り、ここカシュラでは今、『物騒』な事件が相次いで起こっているのでございます」


 カシュラは、クヒ砂漠を経由する交易路の中継地として栄える街だ。
 よって様々な地方から訪れる旅人のために、街を囲む外壁には東西南北の四方に門が設置されている。
 その中でも最も利用者が多いのが東の門だ。
 カシュラの東から大陸中央部――つまり帝都へと向けて開けた交易路を利用して、帝都から訪れる者、または帝都へと向かう者、行き交う旅人たちの姿で常に賑わっている。
 そんな東門から先に開けた、街の東部に広がる砂漠の向こうで。
『魔物が出る』という噂が囁かれるようになったのは、――ほんの一月ほど前からのこと。


「確かに……既にご承知ではございましょうが、『砂漠に魔物が棲む』という言い伝えなら、この地方に昔から伝わってはおります」
 そこで微かに眉を寄せては言外に“そうではない”とでも告げたいかのような彼女の、逸る気を落ち着かせるが如く向けられる穏やかな微笑みと、「存じて上げております」と、遮るように発せられた低く静かな言葉。
「『キリクの魔物』の昔語りは有名ですから。砂漠の外に住む者でも、誰もが一度は耳にしているでしょう。遠い異国のお伽話として」
 彼の言う通り。――かつて、この大陸最西端に在るキリク地方が『キリク皇国』の所領であった頃。
 まだ現在のように砂漠の交易路が拓かれていなかった頃のことだ。
 この地方は、砂漠を抱く大陸唯一の国家であった。
 遠く西の果てに在るがゆえ…また広大な砂漠に道行を阻まれることもあり、よって他地方との交流がほとんど無く、他とは異なる独自の文化風俗を持って栄えるに至った。
 そんな異国の様子を知ることが出来るのは、砂漠の旅に慣れた商人や詩人たちのみ。
 限られた者しか辿り着くことの出来なかった遠い異郷の地。砂の国キリク。そして砂の街カシュラ。――西方への憧れ。
 吟遊詩人の詠い伝える(うた)を介し、そうして人々の抱く彼の地への憧憬と共に瞬く間に大陸全土へと広まっていった、キリク地方の昔語りの数々。
『キリクの魔物』のお伽話も、その中の1つである。
「…ですが、それはあくまでも“お伽話”ですわ」
 そうではないのだ、と……ますます苦しげに眉を寄せて、今度はきっぱりと、それを声に出して老女は言った。
「それは、砂漠を渡る厳しさと過酷さを“魔物”というものになぞらえ、砂漠に生きる者として知らねばならない知識を、子供らに教え諭すための“手段”でしかありません」


 砂漠には恐ろしい魔物が棲んでいる―――。
 だから、彼らと出くわさないためには。出くわしてしまったら。魅入られてしまったら。
“お伽話”の中に語られる、その全てが“教訓”となる。


 だが……そんな“お伽話”でしかないものが、ある日突然“現実”となって降り掛かってきたら……?
 しかも、“教訓”などでは到底抗いきれる筈もない強大な“魔力”さえも伴って。
 ――ならば一体、どうすればいい?


「東の砂漠で消息を絶つ者が多い。――最初は、その程度のことでしかございませんでした……」
 それだけならば“よくあること”だ。なにせ旅人の中には、砂漠の旅に不慣れな者も大勢いるのだから。
 しかし、ここカシュラに生を受け息衝き、砂漠の厳しさと過酷さを充分にその身をもって知っている者が、東の砂漠で死体となって発見される。――これは、決して“よくあること”では無い。
 しかも何度も続けば、尚のこと。
 とうとう、砂漠の旅に慣れているはずの隊商まで、丸々一隊、東の砂漠で全滅しているのが発見された。
「このような事態が短期間のうちに立て続きに続いて……〈死人に口無し〉と申します、この一件で物も語れぬ姿となってしまった当事者からではなく……まさに〈人の口に戸は立てられぬ〉との言葉通り、その()()()を目の当たりにした者の口から、『東の砂漠には恐ろしい魔物が出る』という噂が、真しやかに広まってしまったのでございます……」
「――その『死に様』とは一体……?」
 静かに、そこで目の前から青年が尋ねた。
 やはりどこまでも穏やかな声音で。
 やはり穏やかな光を湛える、その瞳の暗く深い濃青色。
 それに見つめられた途端、思わず老女は息と共に出しかけた言葉を飲み込んでいた。


『ティノ』と名乗った、この青年は……姓は無いと告げた。僧侶となることを決めた時に全てを捨て去った、と。
 その『ティノ』の名もありふれた名だ。この大陸に住む《人族(ヒューアムート)》の多くがそうであるように、『賢者』とも称えられる我らが偉大なる先駆者、僧侶たる者の“始祖”とも言うべき人物、『ティノール・ヴァルガ』の名に(あやか)って付けられたものだろう。
 見た目まだ20歳ほどの若者でしか無いというのに……その僧形の所為か、彼から伝わる穏やかな雰囲気は、年齢以上に落ち着いた風情を覗わせた。
 その身が纏うのは、ごくありふれた茶色の髪と、黒にも見紛う深い紺色の…だが光の加減でどことなく紫がかった色にも見える、不可思議の彩を持つ瞳。
“魔力”の存在を覗わせる色彩は、その瞳の深く暗い“青”のみ。
 その色彩も、だが純度の高い魔力を有するには程遠いものだ。
 僧侶の有資格者である証の白布と徽章を身に戴いている以上、規定に則ったある程度の魔術は習得済であるのだろうが。――それも所詮、“ある程度”でしか無いものなのだろう。
変異種(メト=ヒューア)》と分類される類の者として見れば、それは余りにも平凡な色彩だった。とてもじゃないが高度な魔術を行使できるほどに見えはしない。
 また、見た目に覗える年齢からしても……おそらくは僧侶を志してまだ間もないことだろう。
 ――そのような前途ある若者に、このように物騒で恐ろしい話を持ちかけなくてはならないだなんて……!
『何物にも捉われず、神を讃え、敬い、自身の持つ力は決して自身の為に使わない』――僧侶の職に在る者が、資格を得る際に立てる誓願。
 それを神に対して立てると共に、自身に対しても律しなければいけない……そのような“約定”が古より連綿と受け継がれている。
 ゆえに、その“力”を望まれ乞われたら、僧侶は決してそれを利己的な理由で断ることは許されない。
 それを知りながら……それでも力及ばぬかもしれない若者にこのような依頼を持ち掛けなければならなかった、そんな自分が心苦しいこと極まりなく。
 むしろ腹立たしい余りに、情けなさまで感じてしまうくらいだ。


『――神の恵みを抱く貴方さまに、お願いがございます……!』
『私に出来ることであるならば。例え幾ばくかでも貴女のお役に立ちましょう。――「何物にも捉われること無く、神を讃え、そして敬い、自らの持つ力は決して自らのためには使わない」。その古からの“約束”のもとに、我々は存在を許されているのですから……』


 こんな短いやりとりを交わすだけで成立となる“契約”。
 そうやって、僧侶である者が、僧侶であるがゆえの“力”を乞われては、断れないことが解っていながら……!
 自分は年端もゆかない彼に、この話を持ちかけてしまった。
 否、持ちかけずにはいられなかった。藁にも縋る思いで。――いっそのこと誰でもいいから、と。
 カシュラ唯一の孤児院で院長を務め、そしてカシュラの現町長の妻でもある、そんな立場を持つ自分には、何を犠牲にしてもこの街に尽くす“義務”があるのだから。
 たとえ自らの心を殺し鬼にすらしてまでも。


 ――それほどに……犠牲者となった人々の“死に様”は、この世のものとも思えぬほどに(むご)かったのである。




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【2007/04/01 00:08】 | 『銀砂の子守唄』
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